山口地方裁判所 昭和38年(わ)283号 判決 1966年6月04日
主文
被告人大谷正雄を懲役一年に
被告人小田民明を懲役一〇月に
各処する。
但し、被告人両名に対しいずれも本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。
押収してある石神正、高橋判司及び伊賀洋昭に対する昭和三八年八月二一日付各辞令(証第一号乃至第三号)中の各偽造部分を没収する。
訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
(犯行に至るまでの学校法人鴻城義塾内部の紛争など)
学校法人鴻城義塾(事務所所在地、山口県吉敷郡小郡町大字下郷)の前身は私立鴻城義塾(明治二二年頃創立)と称し、その創始者は大谷省三なる人で、その後同校の理事長は二代目大谷三郎、三代目大谷新一郎を経て、昭和三七年頃からは原田清作が理事長となつていたものである。
被告人大谷正雄は右新一郎の弟で、昭和二二年三月国学院大学高等師範を卒業してから一時鴻城高等学校の社会科教諭として勤務し、その後宇部の香川学園に勤務していたものであり、
被告人小田民明は昭和二六年国学院大学文学部を卒業し、昭和三七年一月頃から徳山の私立桜ケ丘高等学校の教諭をしていたものであるが、
いずれも昭和三七年夏頃学校法人鴻城義塾が経営する鴻城高等学校の教諭に任じられ、同学校法人の理事となつた(同月六日登記)。学校法人鴻城義塾の理事は寄附行為第六条により五人以上九人以内で、理事会で選任された理事一名を理事長とするものと定められていたところ、
昭和三八年三月頃には、理事長は原田清作、理事は石神正(校長)、林靖、池田英人、時山幸美、田村呈次、大谷和子、被告人大谷正雄、被告人小田民明であつたが昭和三八年三月上旬頃理事会が開催された際、原田清作及び石神正はP・T・Aから不信を述べられた決議書を提出されていたため、一応進退を理事会にうかがうつもりで辞表を出していたので、原田、石神退席のうえで同人等の進退を検討した。ところが同理事会の結果を、同日議長をしていた林靖は、原田清作の辞表は認め、石神正の辞表は留保したと言うし、被告人大谷正雄は、原田も石神も留保になつたと言つて、両者の言い分がくい違い紛糾した関係になつたところ、同年三月末頃林靖は突然理事長職務代行者として被告人大谷正雄と被告人小田民明に対し教諭を解任した。
以来林派の者は、被告人大谷正雄と被告人小田民明が理事となつていたのは、もともと教職員の中から選ばれた評議員の資格においてであつて、その評議員から選出されて理事になつていたのであるから、教諭の資格を失うと自動的に評議員の資格も失い、理事の資格も失うと主張し、
被告人大谷正雄と被告人小田民明は、もともと自分達は理事会の決議によつて理事となつたもので、評議員中から選出されて理事となつたものではないし、前記三月上旬の理事会で当時の理事長原田清作の辞表を認めてはいないから林靖が理事長の職務代行者として自分達の教諭資格を剥奪することはできないはずだと主張して争つたので、以来被告人両名の理事の登記は残存したまま、被告人両名が理事の資格があつたか否かは同年三月末の理事会の結果が不明確であつたこと等のため、あいまいな状態となり、同年五月一七日には原田清作が作成した辞表によつて同人が理事長を辞任した旨の登記をしたので、理事長は空席のままとなつていた。
(罪となる事実)
第一、ここにおいて被告人大谷正雄及び被告人小田民明は、昭和三八年八月六日鴻城義塾で理事会が開かれ、議案として理事任免に関する件及び理事長選任に関する件が検討されることを悪用し、反対派の理事を解任し被告人大谷正雄が理事長に選任されたような理事会決議録を勝手に作成し、その旨の登記をしてしまい、この際学校法人鴻城義塾の実権を一挙に自分達の手中に収めようと企て、
被告人両名は共謀の上、
右八月六日の理事会における議案のうち、理事任免及び理事長選任に関する件は結論が出ないまま継続審議され、解散となつたのであるから、
昭和三八年八月六日の鴻城義塾の理事会においては、被告人大谷正雄に単独で当日の理事会の内容を録取した文書に理事署名人として署名捺印して鴻城義塾理事会の議事録の性質を持つ文書を作成する権限は与えられず、したがつて被告人大谷正雄には右のような文書に単独の理事署名人として署名捺印して文書を作成する権限は存在しなかつたにもかかわらず、右のような権限が与えられたかのように装つて、本来は鴻城義塾理事会を構成する理事各自の署名捺印をもつて作成すべき理事会決議録を作成しようとし、
行使の目的をもつて同年八月一〇日頃小郡町大字下郷二三七四の四被告人大谷正雄の居宅において、先ず「理事会決議録」と題し、同月六日小郡町大字下郷二五八の二山口県鴻城高等学校理科室で行われた理事会において、「林靖、石神正、時山幸美、池田英人、田村呈次の五名の理事を解任するとともに、宮部啓右を理事に選任し、更に被告人大谷正雄を理事長に選任した」旨(虚偽内容)を記載し、さらに本文中に「当日の議事録署名人を被告人大谷正雄とすることを可決した」旨を記載した上、末尾に「理事録署名人、大谷正雄」と記名し、その名下に被告人大谷正雄の印を押印し、もつて、被告人大谷正雄において権限がなかつた理事会議事録についての署名人の資格を冒用し、理事会議事録署名人作成名義の理事会決議録なる文書を偽造し、
行使の目的をもつて同月一三日同町司法書士大橋恒三事務所において、被告人大谷正雄において同法人の代理者たる資格を冒用し、「委任状」と題し、同日、同法人理事長大谷正雄から右大橋に鴻城義塾の理事及び理事長の変更登記を申請することを委任する旨記載した文書を作成した上、大谷正雄の名下に被告人大谷の印を押印し、もつて同法人作成名義の委任状一通を偽造し、
更に情を知らない同事務所司法書士補助事務員土井綾子をして、行使の目的をもつて「学校法人鴻城義塾変更登記申請書」と題する同日付の同法人代理人大橋恒三から変更登記を申請する旨の文書を作成させその名下に押印させ、もつて情を知らぬ大橋恒三に同法人の代理人たる資格を冒用させ、同法人作成名義の登記申請書を偽造する
とともに関係書類を整備させたうえ同日山口地方法務局小郡出張所において同所登記官吏に対し右偽造にかかる理事会決議録委任状、登記申請書を真正なものとして一括提出行使させて虚偽の登記申請をなさしめ
もつて同官吏をして登記簿にその旨不実の記載をなさしめ即時これを同所に備付けさせて行使した。
第二、昭和三八年八月一八日には、学校法人鴻城義塾の理事会は開かれたことがないのに、被告人大谷正雄及び被告人小田民明は右の日に理事会が開かれ理事に紫田潔、岡田小一郎が選任されたような理事会決議録を勝手に作成し、その旨を登記してしまおうと企て、
被告人両名は共謀の上、
宮部啓右は真実学校法人鴻城義塾の理事に選任されたことはないから、同理事会決議録なる文書に署名人として記名、捺印する権限はないのに、
同人が理事として署名資格があるかのように装つて、同人の記名捺印を加えた理事会決議録を作成しようとし、行使の目的をもつて擅に、同月一八日前記被告人大谷正雄の居宅において、「理事会決議録」と題し、同月一八日の理事会で「紫田潔、岡田小一郎を理事に選任した」旨を記載した上、末尾に、理事として「大谷正雄、小田民明、宮部啓右」の各記名と押印をし、もつて本来は同法人の真実の理事各自の署名、捺印をもつて作成すべき文書である理事会決議録に、宮部啓右について理事として署名する資格を冒用することによつて、同理事作成名義の理事会決議録を偽造し、
同月一九日山口市今市司法書士花石源治事務所において、被告人大谷正雄において同法人の代表者たる資格を冒用し、行使の目的をもつて「委任状」と題し、同日同法人代表者大谷正雄から被告人小田に理事変更登記を申請することを委任する旨記載した文書を作成した上、大谷正雄の名下に被告人大谷の印を押印し、もつて同法人名義の委任状一通を偽造し、更に被告人小田民明において同法人の代理人たる資格を冒用し「学校法人変更登記申請書」と題し同日付の同法人代理人小田民明から変更登記を申請する旨の文書を作成しその名下に被告人小田の印を押印し、もつて同法人名義の登記申請書を偽造し関係書類を整備したうえ同日山口地方法務局小郡出張所において同所登記官吏に対し右偽造にかかる理事会決議録委任状、登記申請書を真正なものとして一括提出行使して
虚偽の登記申請をなし
もつて同月二三日同官吏をして登記簿にその旨不実の記載をなさしめて
即時これを同所に備付けさせて行使した。
第三、被告人両名は共謀の上、同月二一日頃前記被告人大谷の自宅において、行使の目的をもつて被告人大谷正雄において擅に同法人の理事長たる資格を冒用し、「辞令」と題し、同日付で、山口県鴻城高等学校校長石神正、宇部鴻城高等学校校長高橋判司及び同校教諭伊賀洋昭に対し、理事長大谷正雄が退職を命ずる旨記載した文書三通を作成しその名下に被告人大谷の印を押印して同法人理事長名義の辞令書三通を順次偽造し
同日山口市野田二一石神正方において同人の妻文子に対し右偽造にかかる辞令書一通を真正なものとして手交し、
更に同月二二日小郡郵便局から高橋判司、伊賀洋昭宛に辞令書各一通を真正なものとして郵送しその頃各名宛人に到達させてそれぞれ行使した
ものである。
(証拠の標目)(省略)
(適条)
第一、第二の各事実につき 刑法六〇条
同法一五九条一項
同法一六一条一項、一五九条一項
同法一五七条一項
同法一五八条一項、一五七条一項
同法五四条一項前段、後段
第三事実につき 同法六〇条
同法一五九条一項
同法一六一条一項、一五九条一項
同法五四条一項後段
併合加重につき 同法四五条前段、四七条、一〇条
執行猶予につき 同法二五条一項一号
没収につき 同法一九条一項三号
訴訟費用の負担につき 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条